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優秀冠句


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2007年12月






秀  句  鑑  賞
 久佐太郎師が早稲田大学卒業後に勤めた『時事新報』は、近代日本の思想家で現在一萬円札の肖像で識る、福沢諭吉が明治15年(1882)に創刊した新聞紙で諭吉47歳の時である。同紙は彼の死明治34年(1901)2月3日後も、刊行続け昭和11年迄存続し先の大戦後に一時復刊した。言論界を啓発する人物が輩出している。先師が入社した時は勿論諭吉の没後だが、英語を学び"自由"の訳語を創った諭吉の啓蒙思想は、現代にも活きていると言える。
  先師は英文科だが同紙では美術を担当、晩年の冠句作品にも、
    マチス逝く わが青春をひたに揺る と回顧されており、「吾楽荘机語」で大砂辰一句集紹介をし『極めて計算されたリアリズム(デッサンの確かさ)に発想した作品、その奥を索ぐれば、ロダン的なマチス的なかっちりしたデッサンを把握し得る』と述べられ審美性から出た筆致に、美術記者の眼としての師が判る。先師が"青春"と詠まれた年齢は23歳頃だろうと私は推考する。
    銅板画 マルコポーロの夢とある 師が61歳の作。現代では特殊な印刷版で、熟練した技が要る手彫りによる凹型を、絵の濃淡に応じて銅板に腐食の深さをつけ、印刷する方法で今日では紙幣しか用い無いだろう。若き日の師の眼識感懐が窺える。この作の翌年横山画伯を熱海に訪ねられている。大観は第一回文化勲章の受賞者、先師より23歳年長当時85歳で五年後に没した。天心に学び菱田春草・下村観山・西郷孤月らと美術院での同志。
    東風の道 幸福といふ特急車 伸びやかで楽しげそして快適な旅心地が見え、或いはその時の師の感興句かと偲ぶ。
雲行方 一事はあれど髪洗う 中 川 定 子 ▲戻る
 

 十月に入っても彼岸花が燃え咲いている長い残暑。今秋はまだ黄葉も見ない気象異変。加えて地震・水害・政治や年金問題、そして食品不信など心に懸かる事件が多い中、定めない秋空の雲に似て「一事」を案じる女の本情の姿が、心の内憂から「髪洗う」挙措に映し出ている。髪洗うは夏季だが理屈で無い現実感嘆だ。

雲行方 象形文字の一つとも 三 村 昌 也 ▲戻る
 

 雲は"雨"のさまに雲の形の"云"を会意した字。従ってさかんに集まる譬えである。作者は留めなく流れ変化するその「象(かたち)」を見凝め、その「行方」に「文字の一つとも」と暗示して、遥かなものへ憶い馳せたのだ。類型あろうが男心の微妙が出ている。

甘辛く 生徒の内申書急く机辺 野 口 正 子 ▲戻る
 

 句材が特異で作者の体験感懐なのであろう。秋期授業が始まり推薦入学の志望校が定まる時、その「生徒の内申書」を記す教師としての心理の動きが「急く机辺」に出て、業いの苦衷が判る。

甘辛く 傷口触れて吾亦紅 松 井 英 子 ▲戻る
 

 旧くから歌に詠まれている紅紫の球形の花、と言っても穂状で密やかなもの。この「傷口」は作品にある「オペを終え」と、対照して手術後の詠嘆だろう。それとない寂しげさを映じている。

雲行方 帰る里あり鳥にさえ 樋 口 八重子 ▲戻る
 

 この句の鳥は秋に渡って来る「鳥にさえ」の、一抹の羨ましさを視ての歎嘆と云えよう。春の帰る鳥で無く越冬に「帰る里」なのだ。雁・白鳥・隼など渡る飛形へ、何か熱っぽい心を託した作。

雲行方 もの想うこと多き秋 鈴 木 康 子 ▲戻る
 

 来ては流れ去る秋雲の行方を見ての、柔らかな感性で受けとめた素直な詠みぶりに、心理的陰翳を併せた秋意が出ている。格別な句想でないが誦してみて、余情を持った響きで心に入って来る。

雲行方 風は気ままに途中下車 笠 原 玲 子 ▲戻る
 

 時間の余裕を持って荷も軽く、行先自由にふいと「気ままに」乗った列車での展望感を、若々しさを込めて詠んでいる。その上で希むまま下車したい衝動に「風」の心を描いて、おもしろい。

甘辛く 煮豆屋の前秋来たり 鞍 谷 弥 生 ▲戻る
 

 商店街の「煮豆屋」で彩りも美味げな香りに、目ざめさせられたように「秋来たり」と、感じた処が鋭く甘辛い。その通俗も唯見過ごさず思わず、唾呑む愉しい悦びとした作者の気質が命だ。

雲行方 あうんの仁王は睨み立つ 倉 橋 節 子 ▲戻る
 

 題材は「仁王は睨み立つ」さまと、行方知れぬ"雲"との対比を描写しただけだが、作者の心の拠り所を率直に問うている。よくある叙景だがその二体の像に、惹かれた感が拡大されている。

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