秀 句 鑑 賞 |
今夏は記録破りの猛暑の日々だ。三十五度は日常的でまことに過ごし難い八月、立秋後の日本列島が気象温度で真紅に燃え尽きて、四十度に達した所も報じられとりわけ、中越沖地震の被災地の暮らしの上を衷心より案じるばかりである。この号が発行に至るのは十月だが、程遠い秋を思いながらこの評をすすめることになる。処で「夕明かり」はつまりは#抹驥で、日暮れの長く残る晩夏の感じである。これを書いている現在月は昼月で、日没と月の入りが同時刻頃で、繊い月が西空に消える淡い光りが、入り陽の空で望め、残光の暑さにもかかわらず細い秋を覚えさせられる。従って所謂難しい部類の句材であったようだ。情景の説明にならず、それでいて句境に飛躍、展開のある、生活季感に根を置いた作句の、イメージ的面白さ楽しさを書くのが、冠句性の最もいいところで、その点を注視しながら作品に触れてゆこうと思う。 |
夕明かり |
高層病棟確と立つ |
松 浦 外 郎 |
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現代二十一世紀の都市社会の外景を、骨格太く描線は細密に色調白濁の筆致で語り現している。反射面では医師不足で全うな医療を行えて無い病棟も泛かぶ。その箱物の内実矛盾さえ衝いている視点に、作者の社会観・人生観と併せた薄暮の哀歓が窺える。余談だが京は高さ制限があり、まだ潤いが残り陰翳も優しい。 |
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夕明かり |
献血終えしレモン水 |
小 森 冴 子 |
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対照的な抒情性と生活体験を踏まえての、心象心理が「献血」の社会性がある行為の上に語られていて、純粋な博愛性から出た心境を「レモン水」という、渇きと安堵感を現すに誠に具体適切な、印象爽涼で詠み納めている。内容も健やかな我が身への平凡でいて、微笑を浮かべさせる小さな欣びを言外にした功徳をみる。 |
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贅少し |
まだ離さない姫かがみ |
野 口 正 子 |
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女性特有の心境印象というべき句材を配合した、典型的な日常家庭の内の断面情景である、が「贅」とは質に入れられる物の意があるから、平常余り扱わないが手離し難い品物ここでは「姫かがみ」への、愛着心が柔らかでいて思い入れ強い情が出て面白い。 |
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贅少し |
かなしき時に悲しと言う |
住 澤 和 美 |
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人は切迫した事態に際して身心は、魂の嗚咽か自然な涙でしか分からぬ、切ない思いに籠もって言葉にすることが難しい。作者はその「時に」裸形のままに「言う」ことで、ジーンとした無垢で透明な心でありたいのだ。説明めくが理屈でない真情の吐露だ。 |
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夕明かり |
徘徊の父叱れない |
橋 本 信 水 |
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深刻極まりない境涯句だ。ある意味人間性喪失の薄明かりの症状の「父叱れない」作者の憐憫の情は、孤独地獄を見ている嘆きであろうし、ふらふらと魂放れさ迷う姿は目を離せない哀れだ。 |
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夕明かり |
ひとりは淋し黍嵐 |
中 川 定 子 |
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こういう情景句は余りいうことはないが、外景の「黍嵐」のさわぐさまに、過ぎ行く時間の音を聴いている「ひとりは淋し」い場面の、人間味の心の裡を照らし出す光景はこれ以外に無い句。 |
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夕明かり |
まだ約束の画が描けず |
櫻 川 悦 子 |
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題材の見つけ処がユニークで個性派的な句だ。淡々とした中にも想いが強くある。もう幾日もイメージは脳裡に去来しているのだが、形や色の繊美な部分が安定せず描き纏める迄に至らないのだろう。作品する感動の微妙が「夕明かり」に映り出せている。 |
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贅少し |
さしたる病なく加齢 |
川 村 峯 子 |
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これは市井庶民のよろこばしい達観と言っていい。言葉通りに「さしたる」ことも無く、今日までまずまず健やかに「加齢」してきたことへの、感謝の思いの作者の顔がそのままに在る句。 |
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夕明かり |
茅の輪の匂い身にまとい |
野 村 民 子 |
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いわゆる季候の節目に夏越の祓をして、身の息災や家内安穏を祈っての感懐。普通には日中の間に詣って茅の輪くぐりを済ませるが、その「茅の輪の匂い」に、身を慈しんでの素直さが生命。 |
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