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優秀冠句


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2007年2月






秀  句  鑑  賞

 久佐太郎の名を小説中に載せた作家・横溝正史は、 先師より一桁歳若い奇しくも生まれは神戸。 上京して博文館において編集長をし、 誌面を刷新したユニークさで鳴らすも退社後、 文筆生活に専念、 海外作品の紹介するなど、 青年期の先師久佐太郎と通じた処が多い作家である。 横溝正史の処女作は十九歳のときの 「恐ろしき四月馬鹿」 で、 これも現在浅田邦生氏が連載中の 「冠句逍遥」 にある、 先師の小説 「魘はれる者−(略)」 大正三年四月発表とも、 よく肖たモチーフと題名であることも、 両者の文筆者としての側面が、 シンクロ的によく合うふしぎなよしみの深さを私は思う。
  先師久佐太郎は、 文壇ジャーナリズムへの理解を説いていて、

追う夢は 冠翁とありふたととせ
京に住み 吉井勇の酔ごこち
白雨過ぎ 構想変えて書き進む
を詠んで (昭和20〜25年作) 作家的詩因での心境を書いている。 横溝正史は昭和五十六年逝くが、 先師がもう十年長命であれば、 『文芸塔』 は活字本に復した発行を見、 その四十周年号を先師のもとで、 私も編集をつとめて冠句文芸の啓けたすがたを、 横溝氏はもとより邦枝さらに土師清二氏ら、 先師は文壇人の理解にも応えられたろうと惜しくおもう。 が現在円山公園に建つ冠句碑は、 田中周友博士との交遊による吟でそれはまた、 頴原博士の協力で成った冠翁句碑とおなじに、 先師の正風冠句確立の結晶記念碑だとも言え、 先師の後を享けた早川桜月二代主幹の功績と共に、 八十周年に至る 『文芸塔』 を、 先師は深く見守っていると信じる。

顧みる 彼の日も昴頭上にあり 三 村 昌 也 ▲戻る
   すばる星は 「古事記」 にも載る宝飾の六連、 冴えわたる冬空に印象美しく光るを、 寒昴として歌や書に多くよまれてきた。 星座では春のものだが、 この句の光景は作者の生涯における忘れ難い"彼の日"を、 常に変化し経過する時空の中で、 寒夜に心引き締め哀歓確かな煌めきとして見直したのだ。 郷愁のロマネスクで実は、 彼の日と今は同じでないが白光への感銘の不変で出色した。
顧みる 幼児の歩み幾年月 浅 田 邦 生 ▲戻る
   作者自身の幼童期の好奇心と躍動感、 その体感経験の回想であるが、 まわり燈籠のように映る一幅の絵図とフィルム映像の入れ換わりを見るようだ。 句境は幼児と幾年月を語ったばかりだが、 決して言い廻しは軽くない。 端厳さを抑えた語幹にしみじみした主情を内包し、 幾年月とずばりと截ち出した処は作者の特色で、 「幼児の歩み」 での、 小休止がこころよく効いた作といえる。
雨寒し 口約束は果たされず 奥 山 呼 潮 ▲戻る
   うら淋しさが心の中まで濡らしきて、 人の言の軽みのほどに卒然とさせられる。 言葉は鬼神をも動かし千釣の重みと換えるものだが、 公約さえ軽んじられ映像やデジタル化に意味深さを求め、 言葉に無類の感銘を刻むことなく、 棄て去られる残骸と思い識らされた作者の心情が、 雨やまぬ中で流れ消えずに佇って見える。
雨寒し 夢見る枕裏返す 嶋   弘 法 ▲戻る
   冠句の諧謔味と作者の心の懊悩が、 ある可笑しみと真面目さをない混ぜて、 夜闇に降る雨への淋しさにわざわざ"枕返す"仕草に出て、 良い夢見に換えたい心理的切実さを垣間見させている。 夢見の枕返しは迷信の類だが、 それを疑戯にできぬ心細さを見る。
顧みる 闘争の世は太古より 小宮山 初子 ▲戻る
   長大な歴史観で神話時代も 「男体山」 と 「赤城山」 の神が水利争いして"戦場ケ原"の地名に遺り、 万葉の大和三山の争いは浪漫で名高い。 神事の相撲も力技での死闘だったと謂う。 縄文時代戦争は無いとの説もあるが、 父の字は斧や鞭を持つ意だから強引等はあったろう。 人は支えがあって生きているを考える作。
顧みる 虹よりあわき恋を追う 片 山 晃 一 ▲戻る
   この虹は作句時が秋のそれだけに"あわき恋"が、 よく映り合い俤"追う"愛しさが泛かび出た。 季は夏のものだが恋情の美を言うに、 色清く消え易い感が夏の鮮明より句境を匂わせていい。 作者の憧憬的心象から見い出した虹だから、 詮索は余り不要だ。
雨寒し おでんふうふうコップ酒 藤 原 冨 治 ▲戻る
   そぼ降る雨の寒さにぐつぐつに煮えた、 おでんにコップ酒というと、 極くありふれた食味情景だが、 男の口から自然に詠み出した 「食」 の楽しみと 「酒」 に、 咎めだてしては不粋でしかない。
雨寒し また店ひとつ閉じんとす 川 村 峯 子 ▲戻る
   前句と対照に胸中さびしい風景だ。 シャッター通りという造語も生じた昨今の、 対面しての商いが減り続ける社会傾向と、 活況から取り残される町の生活環境が、 しんみりと雨脚に滲み出た。
顧みる 遺影の兄は青春知らず 清 水 信 子 ▲戻る
   この句は 「青春知らず」 で、 余りある全てをつくして遺影の兄への愁傷感と、 その陰翳の向こうに蕭条としたいろを感じる。

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