文芸塔

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優秀冠句




塔  映  山  声
松 尾 明 美

 冠句の興りは、俳諧門流が乱れた風潮に傾くのを、句立新しい型で正しい趣へ導く志向で行われたと云っていい。 従って、句風句境を新し味へ導く志へ、二句映発の句の世界が拓かれたのである。詩句の世界は何時の時代も、新しい精神を持つ詠み手によって、 より高みと輝きを生み出してゆく。話を障壁画にとると、狩野派の色彩に対し、風景に精神美を描いた、長谷川等伯の『松林図』がそれだ。 国宝でも傑出した水墨画で、七尾の原郷に吹き渡る、見る人の魂を呼び覚ます空気の流出が、画面から伝わってくる。今一つ、光琳の『紅梅図』で琳派の代表画、 光が揺れる。これはMOA美術館が蔵し、熱海の海景を前に香を放つ。

  水詠う 光琳屏風胸薫る 明 美
  東風の道 幸福といふ特急車 久佐太郎

 昭和二十八年三月、久佐太郎は横山大観を熱海の居宅に訪れている。その跡が伊豆山にいまも遺っている。熱海の海上から遠く富士が眺められると、 北斎の画を想起する。かつて大島からの船で、熱海港に入った光景が胸に甦る。師は、三十年ぶりの大観との再会歓談であったという。

  新生記 ふるさとを立つけさの春 久佐太郎
  新生記 きみ迎へ待つ里の春

 ペンを走らせている今は十一月、曇・晴・雨入り混じりで、好秋とは言い難い日々紅葉も鮮やかさ及ばない晩秋。

朝 湯 刻  鏡の裸身凝視する 赤江橋 くにゑ ▲戻る
 

 毎日浴する習いに、初「湯」の朝は格別な気分になる。とりわけ年越しの旅宿での、 その「刻」は女身にとって、乳白の美人湯の思いに耽け入り、自らの「裸身凝視」し、佇むナルシズムな感も自然な官能。加齢の悲哀も表白詠。

朝 湯 刻  始発電車の音確と 竹 尾 真 弓 ▲戻る
 

 閑静な住地は、線路離れても「始発電車」の走り判る。偶々な一人の「朝湯」を使い、 その「音確と」聞き取る市井感。平常も絶え間ない町の躍動景の、飾りない勁い響きを捕らえ描いた。市電在った昔京都の市民生活にも感じた景。

花を抱く  朝の海光金無垢に 中 川 定 子 ▲戻る
 

 旅客船発着の港の「海光」情景。慶ばしい旅発ちの「金無垢」さを賛えている。 贈られた「花」束の色と香と、未来ある行く末への輝きが伝わり、前述の琳派的美を想う。

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