秀 句 鑑 賞 |
仲秋名月は日曜日で晴れ、少し欠け(月齢は14・3)てはいたが、良夜の清い雰囲気に浸れられた。暦の上の十五夜で実際の満月は翌日であったが、京都は曇空で見られなかった。各地ではどうであったろうか。ゲリラ豪雨での被災が多かった猛夏の後の月夜に、季節は「行き合い」するものとの実感を更めて強くした。
それは、その名月の二、三日前のよく晴れた日の暑さが残る日没前、朱く燃ゆ西山と反対の東山の上に、月白の上弦月が昇っているのを、私宅から少し南寄りに眺めたからだ。暦の吉凶は先勝であった。処で名月の日は必ず佛滅になる。旧暦で巡り毎朔日配し直すから当然だが、季節のゆきあいに自然な姿があると感じる。
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風に佇つ |
旅終え襤褸さわさわと |
川 口 未 知 |
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今日の社会で「襤褸」の語彙は難しく、また平常用いないが元は漢語の俗言で"貧しくぼろのきもの"の意。昔は詩句によく用い"らんる"と詠んだ。現代の旅は快適で衣服も身軽くて、この句の「さわさわ」が、草木の戦ぎの感と呼応して成功した好例。
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風に佇つ |
手に持つ葬花揺れやまず |
栃 尾 恵 羊 |
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同じ草花でも「手に持つ葬花」の悼みの献花は、華麗とか濃密さからは遠い。密かで淡い花姿の感で哀憐の情が籠もり、それが「揺れやまず」と見止めた措辞が葬祭の心情を細やかに伝えた。
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青果実 |
約束かたく信じおり |
樋 口 八重子 |
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果肉の未だ堅い触れると、即物性の抵抗が伝わるがそこに「約束かたく」と、予見される成熟に結びつけた、対象の「青果実」の平純味に籠めた強い期待感への、作者の願望が明確でいい。
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青果実 |
いま眠りより覚む氷河 |
三 村 昌 也 |
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発想・展開・叙法が特異で、モンタージュ手法の暗喩に豊んだ作。この「覚む氷河」は融雪現象でその数千年の、生の営みで積もった氷雪の変貌に、作者の嘆きが萬相の情と共に詠じてある。 |
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風に佇つ |
父祖歩みくる予感あり |
浅 田 邦 生 |
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能の"姿・形"の上での動きと、人生の慈悲や運命に繋がる境涯を思わせる。生来の良さにも必ずしも平坦で無かった「父祖」の時代と、作者の身も老成に向かう心境が、露けくも出て佳吟。
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風に佇つ |
一本の葦折れもせじ |
酒 井 孝 子 |
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これ迄にも詠まれているとも思うが、この「一本の葦」と呼応する"考える葦"の、人間的運命とに籠められた印象が、作者の心象景である「折れもせじ」の観照で、純心な思索の"湖のふるさと"が、まぎれもない現実で、判りよい語で描写されている。
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青果実 |
浅黒き娘らシャワー跳ね |
鈴 木 康 子 |
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厳しかった晩夏に「浅黒き娘ら」の、張りもすべらかな肌に大らかに「シャワー」を浴びている、健康美の讃歎である。格別な場面でないが、粗々しさと瑞々しさの対照に眩しい歓びがある。
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風に佇つ |
我を支える杖一本 |
石 田 貴 美 |
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病患障害を持つ者が頼る「杖一本」への実情に、深刻な心の哭きが「我を支える」に裏打ちされた、言葉の強い切身に首肯く。
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風に佇つ |
立冬の海瞳にさやか |
中 村 秀 男 |
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今は未だ秋分"法師蝉"を聴く、従って「立冬の海」は程遠い季。作者の意趣は「瞳にさやか」だが海港が荒れぬを期待する。
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