秀 句 鑑 賞 |
編集日の八月六日、京都は早暁軽震で目醒めさせられた。猛暑で始まる晴れでそして「ヒロシマ原爆忌」の日だった。編集会に集まった委員は、心の奥で平穏と追悼の祈りを籠めて、編集作業を例月通り進めたが、久佐太郎忌大会報発表を行う頁割りに、編集面の苦心も生じたが編集長の前以ての準備もあって、スムーズに作業を了えられた。帰路の日差しはやはり酷しく蒸し暑い限り、処が夕刻急な雷雨があり交通機関では、新幹線など運行中止が生じて、一刻混乱が起きるなどして、ふと六十三年前のいわゆる"原爆による黒い雨"の情景を想い描かされた日となった。
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炎える昼 |
廃屋の草したたかに |
小 森 冴 子 |
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住宅地の一劃に住人の無いままの光景を目にすることがある。炎昼のもとの単純率直な表現で「廃屋の草したたかに」と、葎する草丈の無惨に、人の営み失せた暗い勁切が「炎える昼」に衝撃し、そこに今日社会の人の生の終わりと顧みられぬ寂寥感が出た。
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星影に |
一村閉じる日近くなる |
橋 本 信 水 |
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対して「一村閉じる日」と謂う切迫な"限界集落"の場景。現実に作者の地域に在るかどうかは別に、政治が"経営済民"と遠い乏しさに思い至る。河鹿や佛法僧の棲む村落の喪失を惜しむ。
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炎える昼 |
こんな日だった黒い雨 |
東 城 達 彦 |
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昭和二十年八月六日、広島の"原爆忌"の情況回顧で、饒舌な句評は要らない。頭書の引用と同じに「黒い雨」を再認識したのだ。佳吟だが唯、似通う句があるのを私は識るので言を抑える。
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炎える昼 |
日時計刻を失えり |
大 橋 広 洋 |
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花壇の時計は数多く「日時計」は尠く思うが、作者のイメージで「刻を失えり」と、観照した風死す酷暑の暗示に本来刻々変化し、止まらない自然さへ異状に感じた見受けの焦点力が鋭い。 |
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星影に |
結界となす陵の森 |
小宮山 初 子 |
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森といえば親しみ和む感があるが「陵の森」つまり、天皇陵は誰もが無闇に立入れない或る意味「結界」とも言える。語彙は固いがその光景を「星影に」眺めた、仄暗い雰囲気に慄然とする。
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炎える昼 |
置き場所に鍵見当らず |
高 岡 ひろみ |
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日常断片の心懐だが「置き場所に」在るべき物が無い、不安なうろたえの言辞は、大旱のもとの思わぬ微苦笑的嘆きだ。蛇足だがこれを気力の衰え丈と見てはそっけない。鑑賞へ誘引がある。
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炎える昼 |
風になりたき日もありて |
加 納 金 子 |
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脳裡も眩む今夏の余りの暑熱に、思わず「風になりたき」と一声言いさして、まさしく"風死す"大暑へ眼を開き自然現象へ、導かれてみたい感傷に浸っている。その「炎える昼」の実体に即した感は単純だが「日も」の、述懐に女の生理的浪漫さが出た。
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星影に |
錆びた横笛切なすぎ |
櫻 川 悦 子 |
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久しく使われない「横笛」に、秋の哀れを濃くした歎で「錆びた」器物に籠めた、思い入れが「切なすぎ」に強く平常語で語っている。述詞は横笛で少し切れがありそこに気分の揺曳を見る。
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炎える昼 |
鮮やかに化す吹きガラス |
川 村 峯 子 |
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硝子玉から作し出す切子細工で、美しい色模様を「化す」と直截に喩えている。熔炉から如何にも涼しげな「吹きガラス」に仕上がり、音色も響いて来そうでこの場合説明調だが健やかだ。
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