秀 句 鑑 賞 |
暦の上では小暑なのに猛夏だ。 京都祇園祭は好天炎暑の中"山一番は孟宗山"で、 雪中の筍掘りの故事に因る綿冠の白さが、 長刀鉾の稚児の締め縄切りの後に、 洵に眼にもいたく浸み通った。 大暑は"海の日"の後の22日、 先が思いやられる夏の始まりだ。 私も暑に耐えつつ、 暑中ご清勝ご健吟を祈って作品鑑賞に入る。 |
彩眩し |
宙より流るピアノ曲 |
浅 田 邦 生 |
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遠い円空より響き降るかのような歓びと哀しみの曲は、 モーツァルトのコンチェルトだろう。 繊美で愛しい曲調が"飾りのいろどり"を表意する 「彩眩し」 に、 よく照応して 「宙より流る」 の印象に"彩雲"を感じさせる。 バッハやショパンもいいがこの 「ピアノ曲」 は、 神秘な癒しの曲型で心懐に茜さすものであろう。
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流るる灯 |
海峡をゆく油槽船 |
赤 島 よし枝 |
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着想印象表現がまことに太い描線で描かれた、 現代文明不可欠な景況を捕らえて、 一見テレビ映像のキラキラと映り 「流るる灯」 を観せられた感になる。 説明的だが平凡でない経済必需を契機とした 「海峡をゆく油槽船」 の巨きい構成場面が静かでいて動的。
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流るる灯 |
娘の古疵は触れずいて |
小 森 冴 子 |
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おぞましい事犯が日常起きる昨今に、 表面上情景だけだが 「娘の古疵は触れず」 いる、 或る生々しい言葉の裡に仄暗い箇所にも一種美しい微妙な明るさを見凝めた、 女性心情の点綴表情がいい。
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彩眩し |
白無垢の鶴夢を織る |
渡 辺 君 子 |
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対してこれは何か物語の印象を現じ見せるような句だ。 有名な"夕鶴"を思うが 「白無垢の鶴」 に、 作者の回想と現実眼前の華燭の倖せを、 比喩で 「夢を織る」 と強調され暖かな断定がある。 |
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彩眩し |
根付けの鈴に匂う風 |
松 井 英 子 |
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題材として少し珍しい 「根付け」 を配合している。 江戸時代の身を飾った小道具の彫物に眼をとめ、 帯留にした景物を 「鈴に匂う」 と、 女性心理の浪漫さで語っている。 作者の嗜好が出た。
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流るる灯 |
摩文仁の礎色褪せず |
野 口 正 子 |
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鎮魂碑への感歎をした代表ともいえよう。 沖縄戦に心ならず自決された人々の 「礎」 に、 刻まれた碑名の数々に 「摩文仁の」 時は蒸し暑い六月の、 その戦時の悲劇さと衝撃感を暗示させている。
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彩眩し |
風やわらかに来る妊婦 |
夏 原 美津江 |
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明るい小都市の静かな住環境を背景に、 単純だが主情は凡庸でなく 「やわらかに来る」 と、 女性同士通じる情懐で受けとめた視線が、 感動というよりさりげない気遣いで語られていい。 「妊婦」 と一目で判る歩みへの、 はっと感じる心情が眩しくも横溢している。 よく見受ける情景で他愛なくもないが悦びの素直さがよい。
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流るる灯 |
明日を約して入るものなし |
鞍 谷 弥 生 |
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人生の無常観というと固いが、 句のモチーフの幽かな哀しみが無性で、 それでいてぞんざいに 「入るものなし」 と、 非肯定的に言い取っている。 作者の感じ易く鋭い捉え方に独特の暗示性があり、 その身を竦ませる感情表現に、 何か根底に仔細を感じる句。
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彩眩し |
輝いた日の日記帳 |
西 村 たみ子 |
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この一句の上では 「日記帳」 の感慨説明になって、 物足りなさがあるが、 言外に起伏と哀観を捉えている処に、 作者の心情を叙す姿に、 活気に充ちた楽しい記憶が晴ればれと見えその点を買う。
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