秀 句 鑑 賞 |
「四川省大地震」 から一ケ月後の六月十四日、 岩手・宮城内陸地震が起き、 梅雨期の日本列島に生きる者として心重い感になり、 鴨長明の 『方丈記』 の地震の恐ろしさを述べた 「人に羽がないので」 の、 条りの感慨を改めて切実に憶い浮かべ、 この"陽と翼" "怖れふと"と関わる、 不思議な迄の奇遇さに卒然として了う。 |
陽と翼 |
ようやく青む千枚田 |
前田 八州 |
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耕して天に至る点描の 「千枚田」 は、 人の労と生活の切実で営々と築いた風景、 その景観を 「ようやく」 と繕う思いの副詞で歎じたさまに、 内に籠めた感慨も微妙で生命の息吹の細やかでいて勁切さがあり、 先述の災害と重ねて一木一草の絶えぬ力を識る。
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怖れふと |
雲ひとつ見ぬ朝なれど |
樋口八重子 |
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この句の 「雲ひとつ見ぬ朝」 に、 二つの伏線を私は感じる。 一つは前述の地震は梅雨晴間の朝で、 そして原爆忌の光景をである。 余りの晴れに些か翳を感じたそれが 「なれど」 に加重している。
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怖れふと |
赫い満月眼を去らず |
三村 昌也 |
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天変地異と係わる 「怖れ」 を見凝めていよう。 かの阪神大震災日も 「満月」 の少し前。 四川災害時も上弦月だった。 因果関係は無かろうが、 作者の 「眼を去らず」 の形容にその暗示を感じる。
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陽と翼 |
幼時への道輝けり |
浅田 邦生 |
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昔日の憧憬へ戻る杳い歩みを 「輝けり」 と瞳を見開いている。 竹ひご飛行機に熱中して遊んだ、 広場に残る 「幼時への道」 は無心にして汎く漲った生命力そのもの。 その鮮明さの蘇生が光る。 |
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怖れふと |
藤満開に宴果てる |
栃尾 恵羊 |
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藤は微風に揺れるさまに優雅な想いと、 渺々とした風情に深い執心を見る人に分かれる。 作者はその紫色濃い藤波の昏れに 「宴果てる」 暗さを想い起こされ、 晩春の寂寥に妖しさを見たのだ。
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陽と翼 |
五月の風に乗る少女 |
加納 金子 |
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薫風の五月、 もう大人びた姿態ながら女親から見れば幼さも感じる 「少女」 への感歎だ。 句境も軽い興趣で眺めての抒情で、 清純な少女画を想わせる叙法が 「に乗る」 の調子よさに出ている。
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怖れふと |
大夕焼に狼狽す |
川瀬 笛舟 |
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比喩の大掴みな言辞に、 作者の夏に隠れた身の苦悩(げん)を吐露した処がある。 表現は 「狼狽す」 だが観照の意図は存外しんが強い。
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怖れふと |
現世はひと幕の虚貝 |
伊藤 茂治 |
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句材の扱いがこの句も或る驚愕性から捉えてある。 一個の 「虚貝」 に現世の情景を詠み込んで、 読み手の意を計った処が本領。
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陽と翼 |
この悲しみの世にも雛 |
鞍谷 弥生 |
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環境静穏と言えず天敵多い中に孵る 「雛」 へのいつくしみ。 作者が嘆じる 「この悲しみの世」 の断定語に、 実は暖かい心がある。
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