秀 句 鑑 賞 |
本誌七月号の企画編集会は五月七日、 よく晴れた日だったが翌週十二日 「四川省大地震」 が発生、 その規模甚だしい痛ましさに心重く、 文筆が滞り勝ちなままの数日後、 夕陽が京西山に赫く映え、 東山には上弦の月がある、 曠然玄虚の象徴に私は黙爾した。 |
山に向き |
望郷の念滂沱たり |
住 澤 和 美 |
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山は峻険な中国山景の象形で、 日本の山容穏やかさとは異なるが 「望郷の念」 への感懐は渝らない。 作者の語彙語感は常は独特な強靭さの比喩を見るが、 この 「滂沱たり」 と浪漫性普遍な感動で詠んだ情感が、 確かで揺るぎない素直さがあり潤い溢れていい。
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薫る中 |
あらわに肌を陽に預け |
夏 原 弘 志 |
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情景描写は健康への念いと意欲で、 比喩にも技巧が走らず我が身の裸形を 「あらわに」 と、 形容動詞の典型のままに書き綴り、 敢えて他のかくれた残骸などは比喩の裏にして、 見るからに逞しい精神豊かな憧憬を、 直截無造作に 「預け」 と詠み収め効いた。
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薫る中 |
いま花束を確と抱く |
野 口 正 子 |
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一読"母の日"の歓びを感じ受けるが、 日常片言の言いぶりに手離しの感情と、 少し照れを抑えた細やかな愛情への感謝が、 あくまでも事に即して 「いま」 「確と」 と対手も描き立てている。
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山に向き |
母の声する朴の花 |
中 川 定 子 |
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我が国特産の喬木花で山地に生じる 「朴の花」。 初夏に大輪の弁に雌雄の蘂が重なり芳香する。 作者が 「母の声」 と思うさまに散華する姿への哀歓が籠もって、 わけても家族の情愛がよく出た。
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薫る中 |
詩人の墓の現れり |
浅 田 邦 生 |
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薫風叢中に小さき 「詩人の墓」 が視えて来た、 慟哭の想いが語られ 「現れり」 と、 強い響きの言辞としたのだろう。 現実描写の衝迫光景で無くとも、 まざまざと浮き出した心象印象と言えよう。
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山に向き |
仄あかりしてふくろうも |
鞍 谷 弥 生 |
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山麓の森に棲む"哲学者"の異名もある梟は、 冬の季に入る鳥だが 「仄あかりして」 と、 寂しさにも少し童心を喚起させる詠みぶりが、 年中居る親しさに受けとめてあり、 微笑を誘ってくる。
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薫る中 |
惜しまれて退く青き裸馬 |
夏 原 美津江 |
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優駿競走馬の引退を 「退く青き」 と表現した、 作者の発想と感偶の呟きの内に、 明るい愛惜感と色濃い哀歓がさりげなく出た。
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山に向き |
夫婦で眠る比翼塚 |
北 川 久 旺 |
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美しい印象景で作者の願望の感銘が詠まれている。 近来は家より夫婦や本人の個性で祀る形が多い。 中七の感懐が素直である。
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薫る中 |
置き薬屋のひょっこりと |
近 藤 恭 代 |
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日常生活の即興感偶の点描だが、 この 「ひょっこりと」 の口語の意表に、 昨今では珍しい 「置き薬屋」 の人間性が描けた。
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