秀 句 鑑 賞 |
はじめに堅い話になるが、詩形の短い冠句は言葉のもつ印象や意味合いに、新しい息吹を与えて更に深い味わいの、使い方をすることにも、積極的な愉しみがあると言える。そしてその言葉のひびきや調べを生かすものに、助詞のいわゆる、て・に・を・はの用い方がある。ここでその細かな使い方に触れられないが、一つの例に、"叱られに来た父の墓"を見て語ろう。この中の"に"の助詞で句境が深まった。これが"て"では句が全く凡に流れ、句の死活は歴然である。一字の働きに関心深まれば幸い。 |
街の貌 |
勇の歌碑に灯が潤む |
小 牧 稔 子 |
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京都祇園に建つ吉井勇の"かにかくに"歌碑を、言葉飾らず詠み収めた「灯が潤む」で、景観美と詩歌の抒情雰囲気を描き出せた。勇を偲ぶ忌の行事は秋だが、リリックな調べで春宵の「街の貌」を映す言いぶりとなり、先師の遺句も憶い合わせられた。
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夜雨匂う |
兄弟五人癌で死す |
大 橋 広 洋 |
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小止み無い春雨に作者は「兄弟五人」の顔と、その重い哀しみが「癌で死す」と、強い告白で語り出して想いさむざむと、打ち震えている情景だ。心境吐露の一途さを読み下してみて、何か緊張させられる共鳴が起き、切実感から放つ、での一字が凝縮する。
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街の貌 |
基地の匂いの中に生く |
三 村 昌 也 |
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国内に外国の「基地」が在る環境批評眼であり、この「匂い」は色彩観も表している。匂いは元来色を謂った語。その「中に生く」社会矛盾を、複雑な表情で反撥感も働かせた心象的な景。
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街の貌 |
校名古りし石の門 |
奥 山 呼 潮 |
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対して奥床しい学窓光景を彷彿させてくれる。叙景描写も一筋の調子を通していて、確実なデッサンで「石の門」を、逆光で映し歴史を刻んだ「校名古りし」と、現在の姿を描き出している。 |
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夜雨匂う |
茄子の花に母が住む |
石 田 昭 子 |
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茎をのばして来た茄子の枝先に、紫色の花を開いた情景を思い泛かべ、母を偲んだつぶやきのような日常断片の感慨。そしてそれも夜景に感じ受けた「花に」の、淡い人情機微の普遍が清楚。
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街の貌 |
外人多く坂下る |
野 村 民 子 |
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一見観光地風景でもあるようだが、近来は何処の街も外国人を眼にしないことは無い。作者の住地の光景で「多く坂下る」賑わしく明るい、時に洩れ聞く話し声など猥雑な中に作者の眼の働きによって、活気の横溢への軽い驚きが心情素直に物語っていい。
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夜雨匂う |
蹉跌引き摺る鉛雲 |
山 岡 美 富 |
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印象重く抽象言語の絵画世界で、感覚的に詠み込んだ倦怠と孤独感が、過ぎゆく時間の影と共に詠まれている。一語一語に作者の心象面が強調され過ぎも見るが、哀愁を鉛雲に暗喩している。
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街の貌 |
大きな鳥居ぽつねんと |
鞍 谷 弥 生 |
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普段これ迄は偉容で神々しく見た大鳥居を、仔細あった作者の心理に「ぽつねんと」と感じた、何か無性の心境が句の生命だ。
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夜雨匂う |
貴婦人が佇つ飾り窓 |
石 田 貴 美 |
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映画か絵画の一場面を枠取りして見せている。ブランド店の窓硝子に映り降る雨を得て、その印象を映像化させた描写が巧み。
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