秀 句 鑑 賞 |
春はいろどりの楽しみだ。その彩りの美を謂うのに「桃源郷」があるが、私はピンク色に染まる前の"あせびの花の白い"小鈴の鳴るような揺れを好む。万葉の頃からのわが国特産の植物で、葉に毒があり"馬酔木"の字を当ててい、奈良公園周辺の樹花を鹿から守るため、多く植え続けられてきたと言われている。暦の上でも冬の季にその芽の気配を、薄日射す吹く風に感じさせ春めくものの匂いを伝える。花は少し侘ぶ風情で香りも微かで、何処となく切なげに思うのは、万葉の大津皇子の非業の死に大来皇女が、二上山に葬られた皇子を悼んで詠んだ歌のしらべが、この花の持つ大和ことばのひびきを湛えているからであろう。「手折ってもいじらし小花」で、魁けを知らせたい気にもさせられいい。
京都・円山公園に建つ「久佐太郎冠句碑」の元に、この"あせび"が植えてある。近年訪れていないが今胸に香り漂って来る。
春の句碑 笑む百千の馬酔木の眼 辰 一
ツツジ科のこの花は欧州にも移植され、イギリスでは"アンドロメダ"と呼ばれ、好ましい花木と見られていると聞く。話が逸れるが最近"アメリカ・ハナミズキ"が、花水木とよばれて、日本の花木のように美しい花として愛されているのに相通う。因みに馬酔木も現代は淡朱い花も成り、花水木にも朱花があって彩り美しい眺めを演じている。日本のミズキは山野で高木に冠し咲く。 |
一詩人 |
倒れし一樹篝火に |
川 口 未 知 |
▲戻る |
|
一読能の演目を思わせてまた「歳々花相似たり」を、逆説に謂った詠みぶりで、心理的・色彩的にも芸域の幽かな思いと、心付いた「篝火」の向こうの闇の深さへの驚きを打出している。樹齢を終えた「一樹」が「倒れし」ことに、意識の上だけではない詩境へ、強く惹かれた感慨が「篝火」に現じ出されていて印象濃い。
|
|
咲き初む |
再びは無きこの朝に |
松 浦 外 郎 |
▲戻る |
|
部屋からの眺めか又街路や公園での景観を歎じてかは別に、まさしく瑞々しい空気の中、高爽清浄な花を目にしての心懐を言い捉えている。樹肌も艶かなのだろう「再びは無きこの」に、生の愛しい重さまで「朝に」表出され、作者の境涯観も光景の裡に語られている。言い尽くし得て描き余した処はざらでは無い境だ。
|
|
一詩人 |
永らえること望まずに |
樋 口 八重子 |
▲戻る |
|
純粋に冠句作りを志向し、人生の境涯を踏まえながらその境地を詠み続けようとすれば、長生は願ってもない悦びと云えるが、然し作家魂という面で胸に兆すものは、この「望まずに」が微妙な真だろう。感傷もなくないが「に」の格助一字で効いている。
|
|
咲き初む |
いま別れ来し人に文 |
中 川 定 子 |
▲戻る |
|
まだ寒暖の気定まらない日に心に留めた、余韻の明るさを率直に物語っていい。その「いま別れ来し」の情に踏み入っては味気ない。結びの「人に文」にある行間から心情を見てとれば足る。
|
|
咲き初む |
髪型かえて夫に添う |
赤 島 よし枝 |
▲戻る |
|
眼の輝きによって女性の内性まで見えるさまを表白した句で、前句と対照していかにも心弾む、或る無邪気でいてしみじみした情感を描いた。少し他愛ないようだが伴侶像の良き面が窺える。
|
|
一詩人 |
瀕死の蝶を海へ放つ |
住 澤 和 美 |
▲戻る |
|
蝶も海洋を翔び渡って繁殖地へ向かう。その有名な詩を憶い踏まえていようか。この「瀕死の蝶」は冬を越す種の感覚心象で、作者の言語世界から生まれ出た、美しくも小さな命への歓歎だ。
|
|
咲き初む |
折り返す道微光せり |
加 納 金 子 |
▲戻る |
|
作者の生活風景での清楚な花木から得た、人通り離れてからの淡い感情の秀(ほ)を、即興的に「微光」と捉えている。前出の「鐘太鼓」の賑やかさの表裏のもので、人生折り返しの気分もあろう。
|
|
一詩人 |
川の流れも歌になる |
加 藤 直 子 |
▲戻る |
|
市井の喧騒が聞こえていても、澄んだ心になり「歌になる」清純さを、女性自身の特性としているその口吻(ふん)が、洩らされ、いい。
|
|
咲き初む |
男にもある物思い |
北 川 久 旺 |
▲戻る |
|
この「男にも」の大?みな打出しに、情感の敷衍が効いている。
|
|